会社を経営する人であれば一度は聞いたことがある「就業規則」ですが、今回は小規模事業所における就業規則の必要性を解説させていただきます。
目次
そもそも就業規則とは?
就業規則の概要
就業規則とは社内におけるルールを書面で取りまとめたもので、この就業規則が無いと会社の秩序を保つことが難しくなります。
多数の労働者が働く事業所には、労働者の働き方や待遇などに関する統一的なルールが必要になります。
就業規則とは、そのような労働条件や労働者が遵守すべき職務規律を定めて書面にしたものです。
事業所単位で常時10人以上の労働者を使用する場合には、所定の必要記載事項について就業規則を作成し、労働基準監督署に届け出なければなりません。(小規模事業所については届け出は不要です)
基本的な記載事項
就業規則を作成する場合、下記の事項については必ず記載しなければなりません。
- 絶対的必要記載事項
- 相対的必要記載事項
絶対的必要記載事項
絶対的必要記載事項は必ず記載する必要がある項目で、下記の通りになります。
- 始業および終業の時刻、休憩時間、休日、休暇
- 賃金(計算、支払方法、締日、支払日、昇給について)
- 退職に関する事項(自己都合退職、解雇、定年など)
相対的必要記載事項
相対的必要記載事項は該当する制度を定める場合は必ず記載しなければならない項目で、下記の通りとなります。
- 退職金を支給する場合は、それに関する事項
- 賞与などに関する事項
- 労働者に昼食代や作業用品などを負担させる場合に関する事項
- 安全衛生に関する定めをする場合はこれに関する事項
- 職業訓練に関する定めをする場合はこれに関する事項
- 災害補償および業務外の傷病扶助に関する定めをする場合はこれに関する事項
- 表彰および制裁については、その種類および制度に関する事項
- 以上のほか、労働者の全てに適用される定めをする場合は、それに関する事項
就業規則の種類
就業規則は「規程」という形で別冊の冊子に分冊することができます。全ての事柄を就業規則に記載してしまっても大丈夫なのですが、書類が分厚くなってしまって、急ぎで条文を確認したい時に煩雑になってしまいます。
ある程度ボリュームがある事柄については分冊にして別規程として定めることで、より厳格なルールを定めることができます。
一般的には下記のような形で別規程として作成される事業所が多いです。※必須ではありません。
就業規則(正社員) | 就業規則(有期・パートタイム社員) | 賃金規程 | 育児・介護休業規程 |
・正社員に適用させる就業規則で、全体的な会社のルールを記載する。 |
・有期契約社員やアルバイト・パート社員に適用させる就業規則。基本的に正社員の就業規則と記載内容は変わらないが、賞与の有無や契約期間など、限定的に適用させる場合には作成しておいた方が良い。 | ・主に「賃金」に関することを記載する「締め支払日」「残業代計算」「手当の支給条件」「賞与の支払条件」など、給与のトラブルになりやすい事柄について規程する。 |
・昨今の働き方改革において、法改正が多い部分で且つ争いになりやすい部分なので、別規程として作成した方が良い。厚生労働省の雛型通りで問題はない。 |
従業員数10人未満の事業所は作成義務が無いの?
結論から申し上げると、常時雇用する従業員数が10人未満の小規模事業所であれば就業規則の作成義務はありません。
ただし、本来就業規則は全ての事業所に備え付けておくべきものとして運用が開始されました。
しかし、当時の届出の手続きの過程で全ての事業所の就業規則を労働基準監督署の限られた職員が確認する場合、膨大な時間を要してしまうため10人未満については努力義務で良いという括りが作られてしまったのです。
つまり、10人未満での作成が努力義務なのは「人数が少ないからまだ規則を作らなくても大丈夫」という意味ではないことを理解しておきましょう。
繰り返しになりますが「本来、就業規則とは全ての事業所に備え付けておかなければならない」という認識の下に就業規則作成の要否を考えていく必要があります。
【リスク大】就業規則を作成していないことによるデメリットや不利益
会社の正当性を主張することができない
職場においては、例えば下記のようなトラブルが発生します。
- 従業員が他の従業員に対してパワーハラスメントを行ってしまった
- 従業員が会社のお金を横領した
- 従業員が会社の機密情報を漏洩し、会社の名誉が傷つけられ損害が発生した
- 長期無断欠勤する従業員が発生してしまった
- 遅刻・早退を繰りかえす社員がいて困っている
会社としてはこれらの行動を起こした従業員に対して、その程度により当然ペナルティを課す必要がありますし「懲戒」を課す権利というのは認められています。
ところが、懲戒の対象となる行為と、これに対応する処分内容(戒告、けん責、減給、出勤停止、諭旨解雇、懲戒解雇など)が就業規則に具体的に定められていないと、重大な非行をした従業員が発生しても、懲戒解雇等の懲戒処分を行うことができません。
つまり、就業規則を作成していない小規模事業所としては、根拠なく懲戒処分を行ったとしてもその正当性を主張することができず、根拠規定が無いにも関わらず懲戒解雇を行った場合、その懲戒解雇は無効になるということです。
社内の秩序が守られない
根拠が無いために「懲戒」を行うことができない場合、どのようなことが想定されるかはある程度想像がつくかと思います。
もちろん重大な事柄だけでなく、日々のささいな行動面においても同様です。
髪の色が明るすぎても指摘できない、就業中に頻繁にコンビニに行ってしまうことも指摘できない、遅刻早退なんでもあり。
従業員も最初は「ペナルティをくらってしまうかも…?」と慎重に行動するでしょう。
ところが、「おや?この会社は何をしても少し注意されるだけで何もペナルティがないぞ?」という認識が広まってしまった場合、負の連鎖が始まります。
そして、真面目に働いている従業員にも当然影響が出始めます。律儀に働いても、遅刻早退しても、サボっていても「対応、待遇」が変わらないのですから当然です。
就業規則の「服務規程」に「やってはいけないこと」を記載する必要がある重要性がお分かりいただけたでしょうか?
残業代の計算や欠勤控除の計算の根拠を示せない
さらにトラブルになり得るのが、給与に関する事柄です。
例えば「固定残業代」として、毎月給与に上乗せして支払っている手当があるとします。
ところが、どのようにして固定残業代の額を計算したのか、そもそも「固定残業代」とはどのような条件で何時間分の残業手当として支払うのか等、その根拠が無い場合、未払い賃金として取り扱われてしまうリスクが生じます。
また、欠勤控除に関しては就業規則にて合理的な計算方法を定めていないと、計算方法が原因で従業員とのトラブルが生じるリスクがあります。
また、小規模事業所において就業規則の明確なルールが無いと、従業員によって異なる計算方法で残業代や欠勤控除額を計算してしまうというリスクが考えられます。
小規模事業所の就業規則作成のメリットとは?
労使間や従業員同士のトラブルを予防することができる
従業員10人未満の小規模事業所については、従業員と社長との距離感が近く、風通しの良い経営が出来る余地があると言えるでしょう。
一方で、意見が言いやすいがゆえに、従業員の権力が必要以上に高くなってしまうケースもあるようです。
例えば、スタートアップから所属している従業員がおり、社内業務の全てを把握しているため頭が上がらずやりたい放題させてしまっているが、社長としては新しく入社してくる社員の目もあるので、ある程度の節度を持って勤務してほしい。などのケースです。
実は上のケースについては実際に相談を受けたお話であり、決して過大に表現している訳ではありません。
上記のケースにおいても「就業規則」を予め作成しておき、「服務規程」などに勤務中の恣意的行為をしっかりと制限していれば未然に防げたトラブルになります。
就業規則を作成しておくことで、使用者にとっても従業員にとって、やって良いこと、悪いことが明確になり、勤務中における善悪の判断がつきやすくなるのです。
社会保険制度、福利厚生などを従業員に周知できる
就業規則のもう一つの側面として、従業員全体への周知義務があるということです。
つまり、就業規則を作成し従業員の目に届く箇所に掲示していれば、従業員はその規則をいつでも閲覧することができます。
就業規則の中には「有給休暇制度」「慶弔休暇」「各種手当の支給条件」など、従業員にとって有益な情報も当然含まれています。
仮に就業規則が無い場合、「うちの会社って有給休暇が無いかも、、」「インセンティブってどうやったら付くのか不明確」などといった不安材料を与えてしまいかねません。
こうした誤解を払拭するためにも就業規則の記載事項というものは役に立つと言えるでしょう。
雇用関係の助成金を申請をすることができる
おそらく小規模事業所の事業主様にとっては、この「助成金を受給することができる」というのが就業規則の大きなメリットと感じるでしょう。
雇用関係の助成金を申請する際に、何の取り組みもしないで助成金を受給できることはまずありません。
何かしらの取り組みを行うことによって、「離職率を低下させた」「従業員を正社員化させた」「定年を引き上げた」などの実績を満たすことで助成金というものは受給できます。
雇用関係の助成金においては、そういった取り組みを「就業規則に規程すること」という要件があることがほとんどです。
一例として、下記のような主要な助成金を申請する際は就業規則を作成・整備する必要があるということを覚えておくと良いでしょう。
- キャリアアップ助成金
- 65歳超雇用推進助成金
- 両立支援助成金
- 人材確保等支援助成金
小規模事業所の就業規則のボリュームはどのくらいがベスト?
就業規則の重要性はわかった。でも、小規模事業所ではどのくらいのボリュームの就業規則を作れば良いの?と思われるかもしれません。
正直、事業所の状況にもよりますが、例えば小規模事業所に限っては
- 就業規則(正社員)
- 就業規則(有期雇用・パートタイム社員)
- 賃金規程
- 育児介護休業規程
上記の4つの規程を作成しておけば一通りのリスクはカバーできるかと思われます。
事業所や支店の規模が大きくなるにつれて、不安な部分が出てくるかと思いますので、厚みを持たせたい事柄について別規程として追加していくと良いでしょう。
労基署にはどのくらいチェックされるの?
こちらもよくあるご質問ですが、労働基準監督署の職員数も限られていますので、一つ一つの条文を一語一句確認することはありません。
受付する人によってはパラパラとめくって、受付印を押してくれる方もいます。
ただ、賃金の支払い方(残業代の計算方法や遅刻早退控除の計算方法など)についてはじっくりと確認されるケースが多いので、注意が必要です。
また、労基署の調査が入った場合にも就業規則の内容というのは確認されますので、ネットから拾ってきた就業規則をなんとなく運用していると思わぬペナルティをくらう可能性があるので、この点も同様に注意が必要でしょう。
就業規則の作成方法について
作成費用はいくらくらいかかるの?
小規模事業所が就業規則の作成を依頼する場合、社会保険労務士に依頼することになりますが、作成費用についてもある程度幅があります。
簡易的な就業規則で良いのなら30,000円~50,000円で作成してくれる事務所もありますし、一方でしっかりとヒアリングをしてあらゆるリスクに備えたいという要望が強いのであれば、オーダーメイドで200,000円以上かかる場合もあります。
また、顧問契約を条件に無料で作成してくれる社労士事務所もありますので、色々な事務所に問い合わせをして信頼できそうな社労士さんに依頼してみるのが良いでしょう。
作成後の手続きはどうしたらいいの?
社労士に就業規則を作成してもらったあとは、所轄労働基準監督署に届け出が必要です。所轄労働基準監督署は、事業所の所在地を管轄している労働基準監督署で、管轄労働基準監督署は本社の所在地を管轄している労働基準監督署のことをいいます。
届出先は管轄の労働基準監督署ではないことに注意しましょう。
そして、就業規則を届け出る際には「意見書」というものが必要になります。誰の意見書かというと、労働者の代表者の意見のことをいいます。
必ずしも同意までを求められるものではなく、あくまで意見を聞くことのみを求められますので、丁寧に対応しましょう。
更新頻度はどれくらい?
就業規則を作成した場合、「作りっぱなし」はあまりおすすめしません。昨今の労働諸法令は毎年のように法改正が行われており、1年前、2年前の就業規則でさえ一部は機能しない条文になってしまうケースもしばしばあります。
ですので、可能であれば「1年ごと」に1回の見直しをかけることをおすすめします。顧問契約をしている社労士に頼めば、1年分の法改正程度であれば無償で対応してくれる場合がほとんどです。
逆に、何年も放置してしまった就業規則を最新版にするにはそれなりの工数がかかりますので、想像以上に費用がかさんでしまうこともあるでしょう。
まとめ
いかがでしたでしょうか?今回は小規模事業所においても就業規則を作成しておく必要性を説明させていただきました。
最終的に就業規則を作成するかしないかを決定するのは小規模事業主の経営者様です。
就業規則を作成するメリットと就業規則が無いことに対するデメリットを考慮した上で、今後の方針をお決めいただければと思います。